さくらの季節・完全版
- 1 ケロンパス 2002/03/24(日) 08:07
- sage進行でよろしくなのです。sagaりきったら開始の方向で。
いままでほったらかしててごめんなさい。
完結は4/12の予定です。
- 2 じゃない 2002/03/24(日) 10:50
- キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
では4/12は祭、を再三再四確認しつつsage。
- 3 とっかえっ名無し。 2002/03/24(日) 11:01
- サイカイヲメ━━━━━━( ^▽^ )━━━━━━!!!!
もの凄い勢いで待っててよかったよ・・・。とゆう事で期待sage。
- 4 名無し募集中。。。 2002/03/24(日) 13:10
- マッテタ━━━━━━(0^〜^0)━━━━━━ !!!!!
激しく楽しみにしつつマターリ待ちsage
- 5 名無しベーグル。 2002/03/24(日) 15:50
- 待ってましたぁ! 楽しみがまた1つ増えましたよほ。
- 6 名無し最終回 2002/03/25(月) 01:38
- ケロンパス電波キタ─wwヘ√レvv〜(゚∀゚)─wwヘ√レvv〜─ !!!
- 7 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:52
- そいでは適度に下がったようなので、再開したいと思います。
まずは予習がわりにいままでの再掲。
「さくらの季節」
「あーあ、今年ももう終わっちゃったなぁ」
教室の窓から見える桜の木は、すっかり緑色に変わっていた。
桜色の季節は、惜しむ間もなく足早に通り過ぎていった。
梨華は、窓にもたれて教室を見渡した。
(二年生になったからって、別に変化ってないんだよね…)
せいぜい文系と理系に分けるくらいで。しかも学年のほとんどは梨華と同じ文系コースに進む。
仲の良い友達も、テニス部の仲間も、みんな一年の頃と変わりなく過ごしている。
(そういやお昼、なに食べようかなぁ。寝坊したからお弁当忘れちゃった)
二年生になったんだから、お弁当は自分で詰めなさいという母の言いつけ。変化はそれくらいのことで。
寝坊したり面倒だったりで、それも時々忘れてしまう。
視線を落として、購買部のほうに目を遣った。
- 8 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:52
(あ………)
メッシュの入った髪。遠目にもわかるはっきりとした顔立ち。
新入生の吉澤だ。
顔がいいと思ってウザいだのメッシュなんて生意気だのと半分以上やっかみのような因縁をつけられて、
上級生に呼び出されたらしい。
だが、その一件以来誰も面と向かっては何も言わなくなった。
伝聞でしか知らない出来事だけれど。
とても乱暴そうには見えないけれど。ケンカとかするんだろうか。
見ていることを気付かれないうちに、梨華は教室に視線を戻した。
見ていることさえ、きっと知らない。
それがどういった感情から来るものなのか、梨華は答えを探しあぐねていた。
もしかしたら既に知っていて、あえてその答えを正視しないようにしているのかも知れずに。
(たぶん、自分からは遠く隔たっている)
そう、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
なぜだか、とても寂しいことのように思えた。
- 9 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:52
いつもと同じ。いつもの日常。
それが分相応、と悟るほどではなかったけれど。どこかでドラマティックな出来事を望んでいながら、そんなことは起こらないだろうという諦観の気持ち。
その春も、そんな風に過ぎて行こうとしていた。
- 10 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:53
「梨華、今日部活どうするー?」
「ごめーん、今日当番なのー」
早々にテニスウェアに着替えた部の友達と別れて、梨華は保健室に向かっていた。
保健委員には週1で当番日がある。
「あ、石川さぁーん、待ってたよぉ」
「ごめんね、遅くなっちゃって」
梨華がドアの前まで辿りつくと、その同級生は深々と頭を下げた。
「実はさー、急に約束できちゃってぇー、ホントなら一緒に当番しなきゃならないのわかってんだけどぉー…」
顔だけを上げて、ちらりと頼み込むように梨華を見上げる。
梨華は、小さくため息をついた。
「うん、いいよ。」
「ありがとぉー!今度都合悪いときはいつでも抜けていいからさー!」
ぱんっ!と梨華のほうに手を合わせて、そのまま昇降口まで駆けて行った。
からり、と気持ちのいい音をたてて保健室の戸が開く。
誰もいない室内に、薬品の匂いだけが留まっている。
「そういや今日、木曜だっけ…」
木曜の午後は、校医が学会に出ているためいないことがほとんどだった。
当番日誌に二人ぶんの名前を書いて、梨華はゆっくりとソファに腰掛けた。
- 11 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:54
何分が経っただろう。
部活でケガをした生徒以外はほとんど放課後にここを訪れるものもいない。
梨華がゆっくりと日が傾きかけた窓に近寄ったときに、廊下からざわめきが聞こえた。
「やっぱさぁ、ここまで運んできたほうがよかったんじゃないの?」
「バッカ、そしたらアタシたちがやったってバレちゃうじゃん」
「バレるもバレないも、目覚ましたら絶対アタシら言われるよ」
「目、覚めなかったら………やだやだやだ、アタシそんなの絶対やだ!」
「どうかしましたか?」
梨華がすこし開いた戸の隙間から、廊下に呼びかける。
「あっ!やっぱ委員いんじゃん!」
「ね、ねえ…センセは?」
「…今日は学会で休みですけど…」
廊下にいた女生徒たちは訝しげに首を傾げる梨華とは視線を合わせないようにしている。
「そ、そっか、じゃあ、いいです、失礼します」
「しつれいしまっす!」
振り返ろうともせずに走り去る二人の背中を梨華は呆然と見送った。
(…なんだろ)
とても、イヤな予感がする。
保健室が空になってしまうことに不安を感じつつ、梨華は二人が去って行った方とは反対方向へ走り出した。
廊下。分割教室への渡り廊下。校舎裏。非常階段。
非常階段と、外壁の境目の狭い空間に、それは横たわっていた。
「………吉澤さん!?」
頭部から血が流れている。意識は無い。呼吸はある。反応がない。
ほとんどむちゃくちゃに、それでも確かめるようにひとみの身体を探った。
「先生、呼んでこなくちゃ!」
ふたたび梨華は、息が切れるほど走るのだった。
- 12 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:55
身体が、まるで自分のものではないように感じた。
指はちぎれそうに痛い。心臓が耳元にあるのではないかと思うくらいに激しい鼓動。脚が震えて、立っていることさえ不思議なくらいで。
(救急車なんて、初めて乗った…………)
サイレンが、感情ばかりを急き立てる。どうすることもできない。そんなことは知っている。
だからって、何もしないでいることもできない。
梨華にとって、長い長い時間が過ぎて行った。
「大丈夫ですよ、お嬢さん」
梨華の緊張の糸が緩んだのは、病室から医師が出て来て小さく微笑んだときだった。
- 13 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:56
「制服がだいぶ擦り切れていましたね。どこか高いところから滑り落ちたのでしょう」
初老のその医師は、ずれたメガネを直しながらそう言った。
「肩と腰、それから脚にも打撲が見られました。頭のほうはすこし大袈裟に血がでたようですが、今のところ脳内出血などは…見られないようです」
ほうっ、と誰のものともつかないため息が漏れた。
「いずれにしても、じきに意識は戻るでしょう。…ご家族の方は?」
そういえば、一緒に病院に来たのは先生たちだけで、まだ誰も家族は駆けつけていない。
「…それが」
「スンマセン、遅くなりました!」
梨華が口をひらきかけたとき、ものすごい剣幕で中澤が走ってきた。
「中澤先生?」
担任でもない中澤が、なぜひとみの病院に…?
梨華が疑問を口にしようとしたとき、中澤からその答えが飛び出した。
「そんで、センセ、うちの妹は…無事なんですか?」
「妹!?」
呆然とする梨華を取り残して、医師と中澤の会話は続くのだった。
- 14 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:57
「ふぁ〜、なんやもぉ…心臓、止まるかと思った…」
どっかりと長いすに腰を下ろして、中澤が天を仰いだ。
「びっくりした…なんで、中澤先生が…吉澤さんと…」
「んあ?あ、石川やないの。なんでアンタここにおんの?」
「中澤先生、石川は第一発見者ですよ」
ひとみの担任がフォローを入れた。
「ああ、そうやったんか…ごめんなぁ、アタシちょっと関西本校に出張行っててな」
「…関西、本校…?」
中澤は、周りに聞こえないようにそっと梨華に耳打ちした。
「自慢つーより迷惑なだけやねんけどな。アタシ理事長代行やねん」
「ええ!!!!」
「大声出すな、ボケ!」
(…だって、だって、だって!!!)
そうするとひとみは、理事長代行の妹ということになる。
なるほど、上級生も手出しを躊躇う理由になる。
しかし、苗字が違うのは?
梨華が呆気に取られていると、ふたたび病室のドアが開いた。
「…心配したで」
「ごめん、裕子さん」
一瞬だけ、中澤が顔を強張らせたのを梨華は見逃さなかった。
「…申し上げにくいのですが…」
医師が、カルテに目を落としたまま口を開いた。
「記憶に、混乱が見られます。どうやら1年前に戻ってしまっているようです」
「いちねん、まえ」
「…年齢を尋ねたところ、15歳と返答しました。続けて学年を聞くと、中学三年と…」
中澤は、ひどく悲しそうな顔をした。そしてその顔のまま、ひとみの髪を撫でた。
「アンタ、ボケやボケやと思ってたけど…なにも1年まるまるボケることないやないの…」
ひとみはそれに返事はせず、同じように悲しそうに微笑むだけだった。
「…えっと、石川、もう遅いし、帰り。家まで送ってったるわ」
「裕子さん、そちらは…」
急に視線を向けたひとみと目が合った。
「ああ、第一発見者やて。お礼言い」
「うん、ありがとう…ございます」
学校で快活に笑っていたときのひまわりのような笑顔をそのままに。
切なかった。望んでいたはずのひとみとの関わりが、こんな形であることが辛かった。
「石川は、ひとみと前から友達やったん?」
友達。だったらどんなによかったろう。自分の中にあったのは、それにすら届かない勝手な憧れ。…片思い?
梨華の口から出た返答は、言った自分さえも驚くような、意外なものだった。
「…付き合ってました」
「「「え??」」」
- 15 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:58
「意外っつーかそうでもないっつーか…やっぱ意外やわ」
帰りの車の中で、ずっと中澤は同じようなことを繰り返していた。
梨華はというと、咄嗟とはいえ嘘をついてしまったことをひたすら悔いていたのだが、どうしてもそれを言い出せずにいた。
「…そう、なんだ」
驚いたように、ひとみは目を見開いた。そして、そのすこしあとで満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいなぁ」
その答えも、梨華には意外なもので、そしていまさら自分のついてしまった嘘を撤回できなくなるほど…嬉しかったのだ。
「…でも、よく思い出せないよ。ごめんね」
謝らないで。
だってこれは嘘なんだもの。
「また、お見舞に来てね」
たぶん、来てしまうだろう。この笑顔に会いに。
その笑顔が屈託なければないほどに、罪に苛まれるだろうに。
でも、嬉しかったのだ。
- 16 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:58
家に帰ってからは、ただぼんやりとして過ごした。
姉と妹が部屋に入ってきて、何かを言っていたが、それすらはっきり思い出せない。
ひとみの記憶が元に戻ってしまったら。自分はひどい嘘吐きだと責められるだろう。
もしかしたら、二度と顔を合わせることができないくらいの仕打ちを受けるかもしれない。
あの、笑顔の。甘い幸せの代償は、それくらい払っても足りないのではないだろうか。
ひとみが学校に戻れば、記憶が戻らなくてもこの嘘がバレてしまう。
いずれにしても、この罪は自分に圧し掛かってくるのだ。
そうなっても仕方ないだけの、嘘をついたのだから。
- 17 ケロンパス 2002/03/27(水) 20:59
「…さん、いしかわさんっ?」
「あっ?えっ?何?」
いつものようにぼんやりと窓の外を眺めていた。いつもと違ったのは話し掛けられたことに全く気付かなかったことだ。
「中澤先生が呼んでたわよ。図書準備室に来てほしいって」
「…中澤先生が」
「うん。何かしたんじゃないの〜?」
「…かもね、うん、ありがと」
せいぜい怒られて来なさいよ〜と笑うクラスメイトに手を振って、梨華は図書準備室に向かった。
図書準備室の中は紅茶の香りがした。
理科室から持ち出したと思われるアルコールランプにビーカー。そこにティーバッグが浸してある。
「えっと、砂糖とか入れるか?」
「あっ…ハイ」
溶けきらない砂糖がビーカーの中でぐるぐると回る。中澤はふちを掴んでそれを石川の目の前に置いた。
「熱いよってな、ハンカチで包むかなんかするとええよ」
「はい…」
木綿のハンカチでくるりと周囲を包んでビーカーを持ち上げる。布ごしでもその熱さは充分に伝わってきた。
- 18 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:00
「昨日は…ごめんなぁ。なんかバタバタしてて」
「あっ、いえ、吉澤さんが無事だったらそれで…熱ッ!」
中澤は、だから熱い言うたやろ?と微笑んだ。
昨日も何度か感じた、寂しそうな、悲しそうな微笑。
「あの後もっかい病院戻ってんけどな。元気そうやった。ケガもたいしたことないて」
そんな時間かけんでも退院できるやろ。
その言葉に梨華は胸が痛んだ。痛むたびに、早く嘘だと話して楽になってしまいたい気持ちが疼く。
でも…怖くて言い出せない。
嫌われるのが?軽蔑されるのが?
傷痕が、どんどん深くなるような気がした。
「どうした、怖い顔して。なんや血だらけだったみたいやし、怖かったん?」
「あ…いえ…」
そういえば。昨日の疑問が再び頭を過った。
「先生と吉澤さん、姉妹だったんですか?」
「ああ、そういや聞いてたんやな…うん…まあ、そうなるわな」
中澤はひとくち紅茶を啜った。
「両親が離婚してな、こないだまで別々に暮らしてたんや。」
「そうだったんですか…」
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、梨華は落ちつかなかった。
「んで、たまたまアタシがこっちの学校に赴任することになったから一緒に暮らすようになってん」
急にあんな大きな子供ができて、アタシも老けたよーな気ィするわ。
そう中澤はおどけるような口調で言ったあと、言葉を続けなかった。
傾きかけた日が、窓から差し込む。中澤のブリーチされた髪が、同じ色に染まる。
綺麗だ。だけどやはり悲しそうだ。
「帰りにでも、病室よったげて。会いたがるやろから」
「………はい」
中澤の寂しそうな表情は、この夕焼けに似てる。梨華はなんとなくそう思った。
近くの小学生が身体に合わない大きなカバンを背負って家路を急いでいる。もしかしたら、塾へ行くのかもしれない。
学校にも、塾にも友達はたくさんいるけれど。夕焼けの光の中の彼らはどうしてだか寂しそうだ。
だから、家に帰るのだろうか?
ふと浮かんだ言葉は、柄じゃないなと梨華を苦笑させた。
- 19 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:01
「嬉しいな、また来てくれたんだ」
梨華が病室に入ると、ひとみは嬉しそうに身体を起こした。
頭に巻かれた白い包帯が痛々しい。
病室にはひとみのほかには誰もおらず、梨華はすこしほっとした。
「うん…大丈夫?傷とか、痛まない?」
「大丈夫だよ。たいしたことない」
その笑顔だけを見ていると、たしかに本当にたいしたことではないようにさえ感じる。
だが、彼女の中では1年間が忘失しているのだ。
もともと、その1年間は梨華の知るところではない。何か聞かれても答えることなどできないのだけれど。
「そうだ、甘栗好き?」
「あまぐり?」
お見舞いに来た同級生が置いていったのだという。コンビニで売っている『剥いてある甘栗』だ。
ひとみは楽しそうにそのパッケージを開けて、一粒手にとって梨華に手渡す。
「はい」
「ありがと」
つやつやとした甘栗。口に含むほこほこして甘い。
「これさ、レンジでチンして食べるともっとおいしいんだよね」
「ふぅん」
裕子さんが、友達に教えてもらったんだって。ひとみはそう言って窓の外に視線を移した。
ここからは、学校がよく見える。
- 20 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:02
「…はじめて会ったのって、どこだった?」
遠くを見つめたまま、ひとみが問いかけた。
「わたしと?」
うん、とゆっくり頷いてひとみは梨華に視線を預けた。
桜の、木の下だった。
入学式の日、梨華は部活の顧問に頼まれて設営の手伝いに来ていた。
新入生はオリエンテーションのために残り、他の生徒はもう帰ろうとしていたところだった。
渡り廊下を歩いている新入生の中に、ひとみはいた。
春休み中に入れたと思われるメッシュは、神妙にしている新入生の中でひときわ目立っていた。
いや、メッシュがなかったところでそれは同じだったかもしれない。
それだけ、目を引く存在だった。
梨華は、その眩しい姿を桜の木の下でずっと見ていた。
ひとみが廊下を通り抜けて、校舎に入っていくまで。
「ちらっと見かけただけだったけど」
「ふうん」
この出会いは嘘ではない。ただ梨華は、ずっと見ていたことだけは隠していた。
今だって、ずっと見つめていたい。この気持ちは変わらない。
それが出来ないのは、どうしても胸に宿る罪悪感。
- 21 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:02
「それじゃ、そろそろ帰るね」
え〜?と頬を膨らませたひとみに、また来るからと小さく笑って梨華は病室を後にした。
日はもう、山の端からすこし金色を覗かせているだけだった。
ここに通うことが日常になるのだろうか。でもひとみの入院がいつまで続くとは限らないし。
嘘に対する不安もある。たとえばれなかったとしても、退院して外の世界に触れれば。
自分のようなつまらない人間との付き合いはそこで絶たれてしまうのではないだろうか。
せめてもうすこし魅力的なら。いや、欠けているものは少しではないかもしれない。
いつまでもあの笑顔を繋ぎとめることはできない…だから病室に通うだろうことも。
涙が出た。
いままでの日常では知りうる要素のなかったひとみの表情を知ってしまったことの悲しみ。
それがあるときを境に自分に向けられることは無くなってしまうのではないかという、失っていないものへの喪失感。
どうして、こんな考え方をしてしまうのだろう。不安が抑えきれないのだろう。
いつだって、自分が嫌になる。
「りかちゃんさぁ、なんぞ悩みでもあるん?」
部屋でひとりぼんやりしていると、妹の亜依がやってきた。
「べーつにー」
あったところで、亜依に話すことなんかないわよーと毒づいてみせる。
「ま、ないならないでええねんけどな。おねーちゃんも心配してたで」
関西の叔母のところに春休み中ずっと遊びにいっていた亜依は、すっかり関西弁にかぶれて帰ってきた。
本人も『学校でも好評』と直す気はないらしい。
「だーれが心配してるって?」
「うわっ!」
亜依の背後から覆い被さるように姉の圭織が目隠しをした。
「ちょ、おねえちゃん離してぇ」
亜依に目隠しをしたまま、圭織は視線を梨華に移した。
「新学期でクラス替えとかあってさ、まだ慣れないこともいっぱいあると思うけど」
睨み付けるようなきつい眼差し。姉のその視線の奥にある優しさを梨華はちゃんと知っている。
「本当にほんと〜〜〜〜〜に困ったら、お姉ちゃんに言いなね。」
「うん」
「アタシにも言うてええよ〜」
「わかったわかった」
普段は何も言わないけれど、わかっている。どれだけ頼りになるかということを。
だけどいまはそのときではない。それも…わかっている。
- 22 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:04
2、3日部活などの雑事が続き、病院には寄らずに帰っていた。
正直ほっとするところもあり、寂しくも思うところだった。
そしてまた保健室当番が巡って来て、梨華は保健室にいた。
(あの日ここでこうしてなかったら、あの事件も知らずにいたかもね…)
ぼんやりと日誌をつけながら、校庭を眺めていた。
「ね、石川さん。こないだ先帰ってもらっちゃったしさ、今日はもう帰っていいよ?」
「え、でも部のほうに今日は当番だって言ってきちゃったし」
「たまにはサボりなよぉ〜、石川さんてホント真面目なんだから」
ほらほら、と半ば押されるようにして保健室を追い出されてしまった。
仕方なく帰り支度を済ませ、昇降口から振り返ると何人かの同級生が保健室に入っていくのが見えた。
なるほど、部活をサボって保健室で話でもしようというところだろう。
保健委員であるという以外はとくに共通点もない相手だったし、梨華がいては話しづらいこともあるのだろう。
- 23 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:04
ホント真面目なんだから。
そう、見えているのだろうか。自分ではとりたてて真面目だとは思わないし、せいぜい考え方がちょっと人よりマイナスに傾きがちなだけに思える。
もっとも、終始そんなネガティヴな相手と顔を突き合わせていてもたぶんつまらないに違いない。それもわかっていた。
ひとみは、どうなのだろうか。
疑問を抱いたまま、病院のドアをくぐった。ほとんど時間は経過していないのに懐かしい気分。
エレベーターを使って5階まで上がって、ひとみの部屋の前まで辿りついた。
(………あっ)
中から、複数の声が聞こえる。
今までは、運よくというか誰もいない時間にだけ顔を出していただけに、梨華は入るのを躊躇った。
ドアをノックしようとした手が中途半端に止まっている。掌が、ほんのすこしだけ汗ばんだ。
(やっぱり、帰ろう)
そう思って手を下ろしかけた瞬間、ドアが開いた。
「どちらさまですかぁ?」
「えっ?」
ややうつむきかけた顔を上げると、そこには同じ学校の制服を着た少女が立っていた。
「あっ、梨華ちゃんセンパイだぁ」
「え、ええっと…」
この顔には覚えがある。
「ごっつぁ〜ん、誰ー?」
後藤真希。ひとみの中学以来の親友、らしい。
- 24 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:05
(………どうしよう)
促されるままに病室の中に入ってきたのはいいけれど。なにを話したらいいのかわからない。
「梨華ちゃんセンパイ、今週になってココ来るのはじめて?」
「え、う、うん」
急に話を振られて、心臓が跳ねあがる。
「ヨッスィ〜がさぁ、センパイが来ない来ないってずっと不機嫌だったんだよぉ」
「ゴッツァン!いい加減なこと言うなよ!」
ほんのり頬を赤くしてひとみが真希を小突く。なんだか、この光景に馴染んでいる自分が不思議だった。
「え、えーと…後藤さん…?」
「うん、後藤だよ。あれ、自己紹介してなかったねそーいや。何で名前知ってんだろ。あはっ」
後藤真希ですよろしく〜、と真希は右手を繋いできた。
「えっと…わたしは…」
「石川梨華ちゃんセンパイでしょ?もおヨッスィ〜から何度名前聞いてるかわかんないから覚えちゃったよぉ」
「オマエほんとそーゆーことばっか言うなら帰れよぉ〜」
ひとみはぎゅいぎゅいと真希を押しのける。顔もすっかり赤くなっている。
「そういや、梨華ちゃんセンパイこそなんであたしの名前知ってたのー?」
「え、ほら…いつも吉澤さんと一緒にいたから」
そう、いつも一緒にいて名前を呼んだりしていたから。自然と頭に入っていた。
それくらい近い距離にいることを、羨んだりもしたけれど。
「ヨッスィ〜、顔まっか」
にやーっと笑って真希は梨華に抱きついた。
「!」
「えっ?あっ?ご、後藤さん?」
そのまま真希が頬を寄せてくる。梨華はどうしていいかわからずに硬直していた。
くくく、と押し殺したような笑いが耳元で聞こえた。
「じょーだんじょーだん、ほらほらそんなおっかない顔しなーいの」
腕をぱっと放して、真希がひとみの額をつつく。
「冗談って、オマエほんっとーに…」
「性格悪いでしょ?梨華ちゃんセンパイ♪」
なにを言っていいのか検討もつかず、梨華はただただ唖然とするだけだった。
- 25 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:07
「んじゃ、邪魔者は帰るとしますか。安心していちゃついていいからねー」
ひらひら手を振って病室を出ていった真希の後ろ姿を見送ったあと、しばらく二人は呆然とドアを眺めていた。
「…後藤さんって、面白いね」
「面白くないよー!」
苦笑いを浮かべる梨華とは対照的に、ひとみはまだ顔を赤くして怒っている。
ごんごんと壁をたたきながら、ぶつぶつ呪文のように恨み言を唱えている。
「ね、そんなに怒らないで」
なだめるように梨華が手を伸ばす。ひとみはその手をとって、梨華を見つめた。
「センパイに抱きついたりしてさー」
そこまで言って、ひとみは視線を逸らした。こころなしか目のあたりの赤みが増している。
「…?」
言いにくそうに口をもごもごさせている。
「どうしたの?」
「…あ、あたしだって…まだ、そんなこと…したことないのに」
つられるように梨華も、赤くなった。
- 26 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:07
返答に困ってうつむくと、視線の先で自分の手がしっかりとひとみの掌に包まれている。
指先に、力が入る。熱い感触。
「ごーめんごめんごめーん!わっすれものー」
いきなりバタンとドアが開いて、慌ててその手を放した。
「あらぁ?おじゃまだったかしら?」
「そ、そんなことないよ?どうしたの?」
さっきまで真希がいた足下に、カバンが投げ出されていた。
ひとみはそのカバンを掴むと、真希のほうへ思い切り投げつけた。
「そんなことなくないよ!さっさと帰れ!」
予想以上のカバンの衝撃に、真希がよろける。
「はーいはい。今度こそ帰りますよ〜だ。ケガ人なんだから、ほどほどにね〜」
ひとみが枕を掴んで振りかぶる寸前に、真希は部屋のドアをくぐった。
「………退院したら、覚えてろ」
手に取った枕をひとみはばふばふと叩いた。
- 27 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:08
「そうだ、果物食べる?」
「えっ?…あっ」
「とっ…ととと」
不意に立ち上がったひとみがよろける。呻くように眉間を押さえている。
「大丈夫?」
「…つつ…うん、大丈夫…」
支えるように梨華が腕を回す。そのままベッドに並んで腰掛けた。
「なーんかねー、たまに痛むんだよね」
のほほんとひとみは言ってのけた。顔にはまだ緊張したような色が残っている。
「…ほんとに平気?寝てたほうがいいんじゃない?」
ひとみのパジャマの裾を掴んだ梨華の手に力が入る。手のひらに、冷や汗を感じる。
「へーきへーき。寝てるよりもずっと」
「?」
体を傾けたひとみの腕が、梨華の体をぐるりと包み込む。引き寄せられて、体温を感じて、動けなくなる。
「こうしてるほうが、すぐよくなるよ」
抱きしめられてる。そう認識したとたん、顔が燃えるように熱くなるのを感じた。
どうしていいかわからない。恥ずかしさから、離れたい気持ちがあっても体が動かない。
その心地よさに、抵抗できない。
- 28 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:08
どれくらい時間が経っただろう。たぶんほんの短い間なのだろう。夕暮れの空がそのまま照らしている。
きらきらと金色の夕日がひとみの髪の色に混ざって、とても綺麗だった。
うっとりするように、ひとみの温みと金色の光の世界に浸る。
「いい匂い」
「えっ?」
首筋のあたりでひとみが子犬のように鼻を鳴らす。
急に恥ずかしくなって、弾かれるように体を離した。
「そ、そんなことないよ。学校帰りだし汗かいてるし制服だし」
「ううん」
ひとみは首を横に振る。そしてそのままもう一度梨華を引き寄せる。
「すげーなんか、いいと思うんだけど」
「や…ちょっと」
大きく息を吸い込むひとみのしぐさがたまらなく恥ずかしくて。
でもその腕には抗いがたくて。
パジャマの袖を掴んだ指先が、震える。
「…今日はえらい暑いなぁ」
「!」
「裕子さん!」
ドアが開いているのに全く気がつかなかった。ニヤニヤ笑って中澤が立っている。
「ええんよぉ〜。ギャラリー気にせんと、続けてやぁ」
続けられるわけが、ない。
- 29 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:09
「あ、あのっ、あたし、帰りますっ!」
梨華は真っ赤になって病室を飛び出した。呼び止めるような声が後ろから聞こえた気がしても、そのまま走って階段を下りた。
病院の正面出口に着く頃には、少し息が上がっていた。
(……………中澤先生に会わせる顔がないよぉ)
熱い頬を両手で押さえながら梨華は病院の門をくぐった。
ふと、両手で頬を押さえていることに疑問を抱く。
(!)
通学カバンがどちらの手にも握られていない。ひとみの病室に置いてきてしまったのだろう。
しかし、成り行きとはいえ抱き合っていたところを目撃されて、またあの病室にすぐに戻る気にはなれない…。
門によりかかってうなだれていると、頭に軽い衝撃が走った。
- 30 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:10
「ホレ、忘れモンやで」
「…せんせぇ」
中澤が梨華のカバンを目の前に差し出している。
梨華は、なかば目をそらしがちにそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます…」
体が半分以上逃げの態勢に入っている。中澤が襟首を掴んでそれを阻止する。
「…逃げんでもええやん。聞きたいことがあるんやけど」
思いがけず低く届いた中澤の声。真剣な眼差し。
梨華の背筋がぴっと伸びた。
「………あの子、頭痛いとか言うてなかったか?」
息を飲み込んで、首を縦に振る。そんな小さな動きさえ苦しい。
中澤の目がほんの少し翳った。
「そか…なんでもないよってな、気にせんとって」
なんでもない。それが嘘なことくらいはわかる。
この嘘を問いただすべきか否か。梨華はうつむいたまま唇を噛んだ。
- 31 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:10
じゃあ、自分のこの罪は?
嘘をついている自分に、裕子を咎めることなどできない。
だが、このまま黙っていたら涙がこぼれそうだった。
堪えようと思えば思うほど、顔が引きつっていくのがわかる。
「…そんな顔、せんとって。だいじょうぶやから。ホンマ、なんでもないねんから」
裕子の手が肩に伸びる。その手も震えていた。
裕子が車で送ると提案したが、梨華は歩いて行くことを選んだ。
歩いていれば、歩き続ければ、少しでも気が紛れそうな気がしたので。
しかし、心に落ちた冥い影は疲れと一緒に深さを増すばかりで。
この日はじめて、楽になりたいと心から思った。
- 32 ケロンパス 2002/03/27(水) 21:14
- ええーと。更新部分がちょぴっとな上にネガティヴ石川さん全開でスイマセソ。
( T▽T)<幸せになりたーい
(0^〜^)<幸せにするYO!
( T▽T)<いつ?いつ幸せにしてくれるの?
;0^〜^)<えと…たぶん…きっと…できるだけ…そのうち…
- 33 名無し最終回 2002/03/27(水) 22:49
ケロンパスタ━━(^▽^)━( ^▽)━( ^)━( )━( )━(^ )━(▽^ )━(^▽^)━━━ン
( T▽T)<喜びのあまり転がりすぎてちょっと疲れまちた……
- 34 じゃない 2002/03/28(木) 01:44
- 真
打
登
場
- 35 ケロンパス 2002/04/02(火) 21:27
真っ暗だった視界から、次第に蛍光灯の輪郭が現れた。
「…寝てたんだ」
帰宅してすぐに、そのまま寝てしまったらしい。
服だけはかろうじて着替えてあったものの、カバンなどがそのまま投げ出されている。
カバン。
夕方の出来事が否応なしに思い起こされる。
中澤の言葉。ひとみの頭痛。
ひとみの腕の中で夕日を見ていたあの瞬間は、たとえようもなく幸せだったのに。
その腕の温度を、ちゃんと覚えている。忘れられない。
だが、思い出せば思い出すほどに、見えない何かに嘘を責められているようで。
- 36 ケロンパス 2002/04/02(火) 21:28
「…梨華、起きた?ごはん、とっておいたけど」
遠慮がちなノックの音とともに、圭織の声がする。ゆっくりと、ドアが開いた。
「おねえちゃん」
梨華が掠れた声で返す。圭織は、電気のスイッチにかけた手をとめた。
「いいよ、ムリしないで寝てな」
「うん、…ごめんね」
涙が、止まらなかった。
圭織は、何も言わずに声を殺して泣き続ける梨華の頭を撫でていた。
「でもね、ほんとはちゃんと言わないと、伝わらないんだからね?」
暖かい手の感触と、去り際に残した圭織の言葉がいつまでも部屋を包んでいた。
- 37 ケロンパス 2002/04/02(火) 21:31
- へい、今回はここまでです。
5月の原稿がマターク進んでないので正直心配だヴァー。
でもこれは12日に間に合わせるのでよろしくなのねー(マキバオー風)
ところでもうすぐいしよし記念日ですが、それに合わせて小ネタか絵でもウプしますんで
そちらもヲタのしみに。
- 38 ケロンパス 2002/04/02(火) 21:35
- ついででごじゃいますが。
ttp://hechimadoh.com/iyosero.zip
こんなカンジでHSPを使って「いしよしリバーシ」を制作中だったりします。
これはどこぞのソースの流用なんですが。これでCPUに勝つとごほうび絵が貰えたりとか
そういうオプションってどうやってつけたらいいんですかね…(苦笑
アドバイスしていただける方いたりしたら正直宜しくお願いします。ってか誰かプログラム組ん(略
とりあえずこれだけで遊べるようにはなってるので(Win専用ですが)こちらの感想もありましたら。
- 39 吉澤家 2002/04/03(水) 10:52
- 春のいしよし〜萌え!!
リバーシの方、かなり興味がありありです。
絵を埋め込むなり外部指定するなりしておいて、
条件によって表示させる命令を加えればいいんだと思いますが。
えー、別所からメールさせてもらいますのでソースを下さい〜。
- 40 ケロンパス 2002/04/03(水) 20:27
- >>39
なだけにサンキュー(寒
さくさくお送りさせていただきました。昼に帰宅できなかったので遅くなってスマソ
- 41 じゃない 2002/04/06(土) 14:19
- お祭参加ありがとう( ● ´ ー ` ● )
- 42 名無し伊集院 2002/04/11(木) 07:04
- 時限が…
- 43 名無し伊集院 2002/04/12(金) 00:09
- ケロンパスたん、誕生日オメ
さて「よして、よして…」でも聞きながら更新を待つか(w
- 44 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:56
気が付いたらもうGWが目の前だった。
あれから、どうしても気まずい思いがして、中澤とも殆ど顔を合わせていない。
休みに入ってしまえば、長く離れていればだんだんと気持ちは離れていくのだろうか。
それとも。
その日も、いつものような放課後だった。
掃除当番の梨華はゴミを焼却炉に出しにいくところだった。
「りっかちゃんせんぱぁ〜〜〜〜〜〜い」
中庭の向こうから素っ頓狂な声が聞こえる。振り向くと、真希が手を振っていた。
「後ろから声かけてんのに全然気づかないんだもん。恥かいちゃいますよ」
そう言いながら顔はへらへらと笑っている。怒ってはいないようだ。
「ご、めん…なさい」
「ああほら、こっちが年下なんだから敬語はいいってば」
しかしどう見ても真希のほうが偉そうに見える。これは所謂性質の違いだろうか。
- 45 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:56
「でさ、なんで病院に行かないの?」
直球だった。
あまりにもストレートな物言いに胸が詰まる。
「…あの日ヨッスィーになんか、されちゃった、とか」
大慌てで梨華は首を横に振る。もっとも、あったところで縦には振れないだろうが。
あの日。
ひとみの腕のなかで見た夕焼け。
目を閉じればすぐにでも思い出せる。
- 46 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:57
「そうだよねえ、あのヘタレにそんなことできるわけないと思ったんだけど」
「ヘタレって…」
「ヘタレはヘタレなの。まあそこもお好きなヒトにはたまりません?ってヤツなんだろうけど」
真希はひとり得心したように頷いている。
「ヨッスィーがねえ、あの日からセンパイが来てくれないってゆってるんだけど」
きゅっと視線が梨華のほうを向く。
「ホントは梨華ちゃんセンパイ、ヨッスィーのことなんか好きじゃないんじゃないの?」
「えっ…?」
そんなことはない。
そんなはずはない。
入学式の桜の木の下から。
きっと。ずっと。
好きなのに。
- 47 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:57
好き。
そう自覚したら、目の奥が熱くなった。視界がぶれる。
「うわっ、ちょ、梨華ちゃんセンパイ?」
真希の声がなんだか夢の中のようにふわふわと聞こえる。
そうだ、わたし。
あなたのことが、好きです。
「ああ〜!もう!なんだってんだい!」
腕を強く引っ張られる。歪んだ視界の中に真希がいる。
もう、嘘はつけない。
「と、り、あえず。ここなら誰も見てないかな。うんうん」
渡り廊下の影に隠れるようにして、ようやく立ち止まった。
涙が少し乾いていた。
- 48 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:58
「びっくりしたぁ。急に泣き出したらまるでアタシがいじめてるみたいじゃん!」
「…ごめん、ね」
立場の上下は相変わらずらしい。真希は呻くように額を押さえた。
「で、どうなのよ。今のは核心ついちゃったわけ?」
梨華は頷いた。
「ホントはね、あたしたち付き合ってなんかいないの」
「知ってたよ」
驚きはしなかった。いつもひとみの側にいた真希なら、当然知っていたことだろう。
しかし真希は、梨華を咎めはしなかった。
「バカだ、あいつ」
どこか遠く、もしかしたらそれは病院の方向だったかもしれない。
目線をそちらにやったまま真希は呟いた。
- 49 ケロンパス 2002/04/12(金) 21:58
「そんなに、ヨッスィーのこと好き?」
「えっ?」
梨華の顔を覗き込んで、そんな顔してるよと真希は笑った。
「…もしかして後藤さん、吉澤さんのこと」
真希が目を見開く。それは本心を突かれたことへの驚きではなく。
「やめてやめて!冗談でもやめてー。うげー」
アタシたちはオトコマエの友情なの。吐き真似をしながら真希はそう断言した。
「それにさ、ま、アタシだって相手がいないわけじゃないし」
照れたように、すこし怒っているように真希は足下の石を蹴飛ばした。
「バカが好きなのはお互い様だね」
去り際に真希がそう呟いたように聞こえた。
- 50 ケロンパス 2002/04/12(金) 22:39
「遅かったやん、ゴミ当番」
教室で中澤が待ちかまえていた。思わず梨華は戸を閉めてしまった。
「くぉるぁっ!逃げんな!」
すぐさま戸は開け放たれ、梨華は襟首を捕まれた。
誰もいない教室。傾きかけた日差し。
いつだったかの図書準備室を思い出す。
「…ま、避けたなるのもわかんねんけどな。悪いのはアタシや」
一番前の机に腰掛け、中澤は脚をぶらつかせている。
梨華は立ったまま、中澤の言葉に耳を傾けた。
- 51 ケロンパス 2002/04/12(金) 22:39
「アタシら姉妹は、離れて暮らしてたんや」
中澤は母親のもとで、ひとみは父親のもとで。
「まだ、あいつ小さかったから覚えてないと思うねんけど、お母ちゃんは病気やってん」
脳の手術できない部分にできものが出来て、どんどん記憶が抜けていく。
以前からよく笑う人ではあったが、次第に一日のほとんどをぼんやり笑って過ごすようになった。
「でな、しっかりしてるときのお母ちゃんが、お父ちゃんに言うたんや」
あなたが好きだから。本当に好きだから。
お願いだからあなたを忘れていく私を見ないで。
震える二人の背中を中澤は見ていた。
ごめんなさいと何遍も繰り返す母親。そのたびに強く頷く父親。
「アタシは、お母ちゃんのところに残ったちうわけや」
- 52 ケロンパス 2002/04/12(金) 22:40
まだ小さかったひとみは、母親の強い要望もあって父親が引き取ることになった。
幸いにしてお互いの実家が裕福だったために、金銭面での苦労はせずに済んだ。
「でもな、やっぱ捨てられた!みたいな気持ちがあいつにあったみたいでな」
母親がいない寂しさから、父親に強くあたることもあった。
そのたびに父親は悲しそうにするだけで、何も語ろうとはしなかった。
「だから全然アタシにもなつかなくてな、やっと最近やで。裕ちゃんて呼んでくれるようになったの」
ひとみが入院した日、裕子さんと呼ばれていたことを梨華は思いだした。
1年前は、そう呼んでいたのだろう。
つ、と裕子の頬を涙が伝う。
- 53 ケロンパス 2002/04/12(金) 22:41
「したら、記憶喪失やて。なんやろ、あいつまでお母ちゃんみたいになんもかんも忘れて死んでいくんかいな」
机の端を掴んだ手が震える。
アタシだけになったら、寂しいやんか…
声にならない声で中澤が言うのを、梨華ははっきりと聞いた。
そのまま、二人は夕暮れを待った。
家まで送る車の中で中澤は、バツが悪そうに笑った。つられて梨華も笑った。
明日は病室に行こう。心の中でそう決めた。
- 54 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:06
こつん。
こつん。
窓を叩く音がした。
最初ここは2階だし気のせいだろうと思ったが、何度も続くとさすがに気になる。
カーテンを開けると、道路からひとみが手を振っていた。
慌ててジャケットをひっかけて家を飛び出る。もうすぐ初夏とは言え夜はまだ冷える。
「どうしたの!?」
「会いたかったから、来ちゃった」
そのまま、ひとみは梨華の手を引いた。
「ダメだよ、病院戻らなきゃ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ付き合ってくれたらちゃんと戻るよ」
梨華に断れるわけがない。
- 55 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:06
どうして家がわかったのか、とか。
どうやって病院を抜けてきたのか、とか。
聞きたいことはたくさんある。でも、言葉にならない。
ひとみも無口なまま、下を向いてただ歩いている。
高台にある梨華の家からそう遠くない場所に、ちょっとした公園があった。
街灯のそばのベンチに二人は腰掛けた。
「星が」
「え?」
ひとみが空を指さしている。明るい星だけがまばらに浮かぶ。
「春って、中国のほうから黄砂が舞って来るから星があんまり見えないんだよ」
「ふーん…」
梨華の説明を聞きながら、ひとみはなおも空を見上げている。
- 56 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:07
「梨華ちゃん、知ってる?目を閉じて5つ数えてから目を開けると星が何倍にも見えるんだって」
「そうなんだ」
素直に梨華は目を閉じた。小さな声で5つ数える。
5つ目は、声にならなかった。
唇を、ふさがれたから。
「………」
「へへっ」
ひとみがにやにや笑っている。
今のって。
今の柔らかい感触って。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
街灯の明かりでもわかるくらい真っ赤になる。うまく声が出ない。
「やっちゃった♪」
イタズラが大成功した子供のように、ひとみは笑って梨華を抱きしめた。
- 57 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:07
「はーっきゅしゅっ!」
「なんや梨華ちゃん風邪?ガッコ休んだんがええんとちゃうかぁ?」
翌朝、梨華はすっかり風邪を引いていた。
そのまま、なんだかんだで10時近くまでそこで過ごしていた二人は捜しに来た圭織と中澤にこってり叱られた。
「…ひとみちゃんも風邪なんか引いてないといいけど…」
そもそも入院患者なのだし。
引いても、病院だからすぐに薬が出るのはいいかもしれないが。
熱でぼんやりする頭を抱えながら梨華はぐるぐると考え事をしていた。
真希のこと。中澤のこと。ひとみのこと。これからのこと。
どうしても、これからのことだけが像を結ばない。
結んだところで憂鬱の種が増えるだけで、それが梨華の頭痛を激しくした。
- 58 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:08
頭痛。
ひとみの母の病気。
記憶の喪失。
「大丈夫、よね」
繰り返し呟いてみても暗雲は晴れない。
そのまま、梨華は眠ってしまった。
梨華を起こしたのは、電話の着信音だった。
「梨華ちゃんセンパイ?」
「後藤さん、なんであたしの番号知って…」
「そんなことどうでもいいんだよ、ヨッスィーの記憶が戻っちゃったんだよ!」
それから、何をしたのか自分でも思い出せない。
- 59 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:09
真希に誘われるままに、病室には来てみたものの。
「…梨華ちゃんセンパイ、とりあえず会うだけ会ってみても」
「でも、どうせあたしのことなんて」
「いやまあそれはそれなんだけど…まあいいや」
えいっ!と後藤は勢いよくドアを開けた。
「お〜、ごっつぁーん。…と、え?」
「石川梨華ちゃんセンパイ、だよ」
ひとみは目を丸くしている。
記憶を失う前は知らない同士だったんだから当然と言えば当然なのだが。
「こんにちわ。…具合は、どう?」
「え、あ、ああ、もうすっかりはっきりシャッキリ…いたたた」
バーカ、無理すんな。と真希に軽く小突かれる。
「じゃあ、センパイのこと覚えてる?」
「え、って、覚えてるもなにも、なんだ、ええっと」
ひとみが当惑している。無理もない。
覚えていても、たまたま保健室で見たとか校庭で見たとか、その程度なのだ。
「後藤さん」
「センパイはちょっと黙ってて」
「覚えてるって、だって、ゴッツァン、何言って」
もう、あの『ひとみ』はいないのだ。
- 60 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:11
「いや、知ってるけどさ、でも、なんで急に」
「もう、いいよ」
梨華は静かにひとみの言葉を制した。
「ケガしたときにね、最初に見つけたの。保健委員だったから」
声が震える。涙が出そうなのをぐっと堪える。
「保健、委員」
「そう、だから、入院したとき一緒に病院に来たの。それだけ」
「それだけ」
うん、と頷いて梨華は踵を返した。
「梨華ちゃんセンパイ!」
そのままドアを出ていく梨華を真希が呼び止める。
梨華の足が止まることは、なかった。
- 61 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:12
ばかだばかだばかだ。誰がばかって一番自分がばかだ。
梨華は何度も強くそう思った。
このまま、消えてしまえば。
あの日のまま、すべてが止まってしまえば。
幸せでいられたかもしれないのに。
わかっている。それらは全部嘘だったことくらい。
だからこの胸の痛みは、罪なのだ。
- 62 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:12
「どのへんまで思い出したわけ?」
「入学式のことは覚えてる」
不思議な感覚だった。自分は、つい数時間前まで1年前の自分だったらしい。
なんでも、突進してきた相撲部の学生…それもまた入院客だったらしいのだが…に激突されて今の自分に戻ったそうだ。
全然!まったく!すっぱり!
思い出せません!
「だいたい、今日って何日だよ」
「26日」
げえっとひとみは青くなった。入学式は5日。21日も間があいている。
「担任は誰?」
「カマゴジラ」
「クラスは」
「1年5組」
「部活は」
「バレーに誘われたけど保留中」
「梨華ちゃん先輩が保健室にいるのは」
「…木曜日」
はて。
自分は、なんでこんなことを知っているのだろう。
- 63 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:13
木曜日?
『ちょっとアンタ、吉澤ひとみでしょ?』
『用があんの。顔貸してよ』
大切な用があるのだ。あんたらに構ってるヒマなんかないよ。
大切な用ってなに?
『今日なんだって、当番』
『ふーん』
『よーし、今日こそ決めるぞ!』
『へえ〜。じゃあさっさと行ってくればぁ?今日だ今日だってもう1週間じゃん』
非常口。階段。突き飛ばされて、落ちる感覚。
鈍痛。激痛。暗転。
遠くから響く声。揺すぶられる身体。
「……………」
あと足りないのは、たったひとつのパーツ。
- 64 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:13
走った。走った。走った。
頭痛がする。吐き気もする。だけど走った。
今は葉桜の木の下を通り抜ける。
桜に彩られた入学式。
保健室で見た。廊下ですれ違った。校庭を走っていた。
声が聞こえる。不思議な声。
同じ中学だった子から名前を聞いた。声に出さず何度も呟いた。
目が合った。もしかしたら。
好きだと思ったときから、もう止められなかった。
ケガをしたあの日を、やり直したい。
追いついた。もう離さない。
- 65 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:14
「梨華ちゃぁあああああああああん!!!!!」
「…!?」
向こうから、ひとみが駆けて来る。
ひとみは、梨華の名札に目をとめた。
「…石川さんですか?」
「…はい」
気圧されるように梨華は頷いた。ひとみがまっすぐこっちを見ている。逸らせない。
「一年五組、吉澤ひとみです」
唐突な自己紹介だった。だけれど、ひとみの口から名前を聞くのは初めてだった。
もしかしたら、お互い知らない同士だったのかもしれない。
そんなことは錯覚でしかないのはわかっている。わかっているけれど。
「入学式の日こっち、ずっと見てたでしょう?」
「………!」
そう、あの日。ひとみが校舎の中に姿を消すまでずっと見つめていたのだ。
「ちゃんと、覚えてる。忘れたりなんかしない」
ひとみは、梨華を引き寄せた。
あの日は、桜が満開で。
桜の向こうの、お互いを見ていた。
- 66 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:15
「そして保健室で、あたしは梨華ちゃんに告白するんだ。そして梨華ちゃんはOKしてくれる」
ひとみは何を言ってるんだろう。
そんなことが、あったはずもないのに。
「そして二人の『お付き合い』が始まるんだ。忘れたりしない」
ね。ひとみがまっすぐ梨華を覗き込む。どうしてそんな目をしてこんな嘘をつくのだろう。
「ま、待って。どうしてそんな嘘…つくの?」
「嘘じゃないよ。だって怪我したとき病室で梨華ちゃんも『付き合ってた』って言ったじゃんか」
二つ嘘が重なって、どちらの嘘も打ち消される。
いや、それは消えてなくなるわけではないのだけれど。
「…たしかに、梨華ちゃんのことを忘れてたのは悪かったと思うけど。でも目が覚めて最初に梨華ちゃんの顔を見たとき、思ったんだ」
ひとみの腕に力が篭る。
「この人が好きだ」
誰だったのかは思い出せなかったけど、きっとすごく好きだったんだって。
「だから梨華ちゃんが付き合ってたって言ってくれたとき、嬉しかったんだ」
胸が詰まるような思い。恋心。
身体が覚えてる、切ない気持ち。
きっとこれからも、桜の季節が来るたび、思い出さずにはいられない。
- 67 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:16
目頭が熱い。目の奥が痛いくらいに。手の甲で涙を拭おうとしたら、それを制止された。
「だめ。今顔見ないで。…すごくみっともない顔してると思うから」
制止する手を振り払おうと身体を捩る。力強い腕はその抵抗を許さない。
「なんで?…あたしのこと、もう嫌いになっちゃった?」
「そんなわけ…っ」
弾かれるように梨華は顔を上げた。ひとみが困ったように眉尻を下げている。
「…そんなわけ、ないじゃない」
涙は止まらなかった。嫌いになんてなれるわけがない。
ただ、どうしていいかわからない。だから涙が止められない。
しがみつくように、ひとみの胸に顔を埋めた。
「好きよ」
「うん」
大丈夫、忘れても出会えばきっとまた恋に落ちる。
満開の桜の下、この季節。
二人の好きな、さくらの季節に。
『さくらの季節』 了
- 68 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- お
- 69 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- わ
- 70 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- り
- 71 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- ま
- 72 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- し
- 73 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- た
- 74 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:17
- !
- 75 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:18
- ネタバレ防止カキコ(w
- 76 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:19
- さて、ケロンパスです。
楽しみにしてくれていた皆さんアリガトウ。後書きなので記念ageです。
- 77 ケロンパス 2002/04/12(金) 23:21
- 初めにこの話に手を付けたのは去年の桜の季節が終わった頃でした。
今年は桜が早かったせいでこんなことになってしまい(自滅)なんですが。
ここしばらく手をつけちゃ中途で放っていたので、久々に完結した話になりますが。
ちょっとでも皆さんのいしよし魂に火をつけることができれば幸いです。
オレサマ、誕生日オメデトウ。
(O^〜^O)、誕生日オメデトウ。石川さんとお幸せに。
( ´▽`)´〜`0)マンセー。
追記
番外編も考えてるんですが、板違いになってもここで書いていいですか?>主催殿!
- 78 名無し@17歳 2002/04/12(金) 23:35
- 激しく泣きました。
- 79 名無し募集中。。。 2002/04/12(金) 23:47
- ケロンパス先生キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
絵だけでなく文までも・・・秀逸でございます
感動をありがとう(●´ー`●)
そして残り少ないですが誕生日おめでとございます
- 80 じゃない 2002/04/13(土) 00:34
- ご愛読ありがとうございました。
ケロンパス先生の続編にもご期待ください。板違い上等。
ヲタん生日(^▽^)<おめでとう>(0^〜^0)
- 81 名無し城ホール 2002/04/13(土) 05:30
- 締めきりギリギリセーフ。なるほど、これが作家の技か(w
続編も期待
- 82 どこぞの名無し 2002/04/13(土) 10:52
- ケロンパ━━(^▽^)━( ^▽)━( ^)━( )━( )━(^0 )━(〜^0 )━(0^〜^0)━━━ス!!!!!
キターイ!
- 83 名無し城ホール 2002/04/13(土) 18:24
- ケロンパスたん完結お疲れ様っす。
( ^▽^)ノいやぁほんと良かったです。萌え。いしよし魂に火、つきました。
79に同じく絵・文ともに秀逸すぎですよほ。
番外編も( `.∀´)キリキリ期待しておりやっすー。
- 84 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:30
- [leave the door open]
「吉澤」
耳元に迫られるまで、保田さんの声に気づかなかった。保田さんは、怒ったような
呆れたような顔をしてる。まあ、ムリもないか。
別にあたしだって怒られたくてぼーっとしてるわけじゃない。…そういう、気分な
んだ。
とは言いたいものの、今は仕事中だったり。ダイバーの打ち合わせ中。これは完全
にあたしが悪い。…と思う。
「すいませんでした」
「うん」
保田さんは頷いて、視線を台本に戻した。
- 85 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:31
こんなカンジで、素直に謝ることだってできるのに。なんであんなこと言ったんだ
ろ。すごく、つまらないことだと思う。
「いいじゃん、行きたいときに買い物に行けば。あたしだって学校あるしヒマじゃないし」
タンポポの収録が思いの外早く済んだ梨華ちゃんが、浮いた時間に服を買いに行って
いた。
あたしはその日はオフで、学校に行ってマジメに授業を受けたりしていたわけで。
『よっすぃ〜。今日ピンクのワンピ買ったんだ〜今度会うとき来ていくね』
…梨華ちゃんからメールを貰うなんて久しぶりだったのにな。あたしは自分で言
うのもなんだが筆マメっての?筆じゃないからキーまめ?…とにかくメールはまめ
なほうだ。でも梨華ちゃんからはあたしが百回送って二、三回帰ってくればマシな
ほうだったりする。…まあ、そんくらいキー無精なのだ。
そんな梨華ちゃんからメールを貰ったあたしは、気分よくその日を終えなければ
ならない。ような気がする。ところがどっこい。
- 86 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:32
ピンクのワンピ買ったんだ。
…次は一緒に買い物に行けたらいいねって。
言ってたじゃんか。なんでだよう!
返したのはこんなふてくされたような、いやマジふてくされたガキそのもののメール。今読み返してもチョーかっこ悪い。
カッコ悪いのなんか、自分が一番知ってらい。
「よーしーざーわっ!アンタやる気あんの?」
隣で保田さんが神社の石像のような顔をしていた。
- 87 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:34
- いいけどね、いいけどさ。
吉澤はあの後も終始ふてくされたままだった。
せめて仕事中くらいはちゃんと聞いてくれると嬉しいんだけど、というアタシの小
言は逆効果だったらしい。…まだまだだなあ。
新体制を考えれば、どちらかと言えばカオリがアメでアタシがムチだろう。そう思
ってた。
…偉大なる前リーダーはそのどちらも兼ね備えた人間だったというのを今更のよう
に尊敬する。…中澤裕子には一生かなわない。
かなわないなんて、認めたくないけどさ?
- 88 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:35
ひとりの部屋の玄関をくぐって、電気をつける。ファックスから白い紙が波打って
いるのが見えた。最近はメールが主体だったから、こんなのは珍しい。アタシは早速
手にとった。
『犬書いて、犬ー』
あまりに簡潔なその内容に眩暈がした。
差出人は中澤裕子。今その名前はあまり見たくなかったような気がする。
リクエストに応えてやるのも癪な気がして受話器を手にとった。
いや。
受話器を戻して、脱いだばかりの靴に足を入れた。時計は九時を指している。ウチ
らの時間で言えば、まだ宵の口どころか夕方だ。
アタシはいつまでたっても通い慣れないような気がする道を、足早に辿るのだった。
- 89 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:36
「はい、中澤です」
「もしもし」
「なんや、犬はどうしたんや犬は」
「犬なんかいつだって書くからさ。今からそこに行っていい?」
「今から、てアンタ明日も仕事やろ?」
「うん」
「じゃあアカン」
「でももう」
「?」
「ドアの前だから」
そこで電話を切った。
「なんやの、もう」
玄関を開けて裕子が顔を出した。
「なんやの、っていうか」
「あ」
…暗転。
- 90 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:37
「…インスタントのごはんやないねんから」
「?」
「玄関開けたら二分で、てアンタがっつきすぎ」
「はは…」
別に会わないでいた時間が長かったとかそんなことはいっさいない。
レギュラーで一緒になることもあるし、なにより今は夏のライヴの準備期間だ。
しょっちゅう顔を合わせている。
「ズルいで」
「?」
「なんかヤなことあったやろ」
見透かされてる。…というか。
「そんなん、寝たらイヤでもわかるやんか」
「そういうもんかな」
ぺったりと白い肩に頬をつけた。柔らかい感触。裕子の温度。
「あたりまえやん」
裕子の腕が首にまわる。爪の固い感触が髪をゆっくりと梳いていく。
「吉澤が機嫌悪くてさー」
「どうせ石川とケンカでもしたんやろ」
声を殺して笑った。他に理由が思いつかないあたり、彼女たちも重症だろう。
「寝れば仲直りするんちゃうか」
夫婦喧嘩と障子はハメれば直る、て。
さも可笑しそうに目尻に涙を浮かべている。
なんせあの二人は、共演者も認める『カップルに見えちゃう二人。ばーいオソロ』
だからして。
- 91 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:37
「コラ、どこ触ってん」
「いいじゃん、もう一回」
押さえつけるようにして唇を貪った。熱を持って、柔らかく甘い。
「ウチら別にケンカしてないやんか」
「うーん」
これからするかもしれないから、先に仲直り。
デコピンが一発飛んできて、そのままもう一度唇を重ねた。
- 92 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:38
「おはよ…」
あまりに眠くて耳の奥がキーンとする。さすがにプロとしてこの状況は決して褒め
られたものではない。
吉澤は相変わらずふてくされていて、石川となるべく離れていようとしている。
石川は石川で加護や飯田といつものようにはしゃいでいるだけに、吉澤の様子だけ
が妙に浮いて見えた。
「吉澤」
そっと近づくと、怯えるように肩がビクッと跳ねた。顔もこころなしか引きつって
いる。
「…お、おはようございます」
「なにびびってんのよ。失礼しちゃう」
にやっと笑ってみせた。たぶん目の下にはクマがはってるし、普通にしてるよりこ
んな顔をされたほうが怖いだろう。吉澤はますます怯えた…小動物ってカンジじゃな
いな…ハスキー犬が尻尾を巻いている、そんな表情になった。
- 93 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:40
「イイコト教えてあげる」
「?」
視線を石川のほうへ移す。石川はこちらに気づかない。
「夫婦喧嘩と障子は、ハメれば直るんだって」
一瞬、吉澤はなんのことかわからないようだったが、すぐに顔を耳まで赤くした。
「な、何言ってるんですか保田さぁん!」
あまりの大声にその場にいた全員が振り返る。
面白いったらありゃしない。
アタシも眠気でだいぶおかしくなっているようだ。へらへらと笑いながらその先を
続けた。
「つんくさんも言ってるじゃん?
『やっちゃえ、まずやっちゃえ』ってさ」
- 94 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:41
『やっちゃえ、まずやっちゃえ』ってそういう意味なわけー?
保田さんは急に何を言ってるんだろう。ていうかハメれば直る、って品がなさすぎだよ…。
アタマがクラクラする。あたし今日ちゃんと仕事になるんだろうか…。
ふと気づくと、梨華ちゃんがこっちを見ていた。慌てて視線を逸らす。
夫婦喧嘩と障子は…
このフレーズは一日中アタマを離れそうになかった。ぐったり。
- 95 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:43
仕事は順調に進むように見えた。けど、あたしがあからさまに梨華ちゃんを避けて
るのをようやく本人が悟ったらしく、梨華ちゃんもあたしを避けるようになった。
わかってんだよね、自分が悪いってことくらい。迷路の同じ間違いをいったりきた
り彷徨ってるカンジ。ごめん、って言っちゃえばそこで話は終わるはずなのに。こん
な気分でいるのは自分が一番イヤなくせに。
中途半端な気持ちのまま、仕事してたっていいわけないし。仕事は仕事って割り切
ってやらなきゃ。…梨華ちゃんのことはそれから考えよう。そうしよう。
…変な話だったけど、あれは保田さんなりの
諭しかただったんだ…と思うことにしよう。
- 96 ケロンパス 2002/06/19(水) 00:44
仕事が終わって、各自解散ということになった。あたしは自宅に今日は帰らないと
いう電話を入れて、そそくさと帰ってしまった梨華ちゃんを追いかけた。
本人は急ぎ足のつもりなんだろうけど。
簡単に追いついてしまった。
「梨華ちゃん」
声をかけても返事はない。そりゃそうだ。
そのまま肩を並べて歩く。帽子を目深にかぶっているから表情は伺えない。
「今日、梨華ちゃんち泊まるから」
泊めて、でもなくあらかじめ決めつけていたように言い切った。
「いや」
こう返事されるのも予想済みで。
それでもあたしは食い下がった。
「泊めてくれなきゃ帰らないから」
ムチャクチャな文法だ。泊めてくれなかったら帰らないってことは、泊めてくれた
って帰らない。つまりどっちにしても帰る気はないってことで。
「じゃあ野宿でもしたら」
梨華ちゃんは冷たく言い放った。
「そだね、もう暑いし凍死の心配はないよね」
梨華ちゃんは『ついてこないで』とは言わない。
言われてももちろんついていくつもりではあったけれど。言われないからついていく。
- 97 ケロンパス 2002/06/19(水) 05:46
家の近くで、こんどは梨華ちゃんから口を開いた。
「ずるい」
ぴたっと足を止めて、非難するような眼差しをこちらに向ける。
「勝手に自分で怒ってさ、勝手にあたしのこと無視したりして、なんで急にうちに
泊めてくれなきゃ帰らないとか、勝手なこと言うの?」
そうですあたしは勝手なヤツです。
「…帰って、ってわたしが言えないの知っててそういうこと言うよっすぃーなんて
キライ」
唇をきゅっと噛みしめて、あたしを睨みつける。迫力なんて全然ないのが、梨華
ちゃんらしいと言えば梨華ちゃんらしいんだけど、そんなこと今言ったらあたしは
刺されるかもしれない。
「だって、梨華ちゃんといっしょにいたいから」
周囲に誰もいないのを見計らって、そっと梨華ちゃんを抱きしめる。一瞬、抵抗
するように腕が動いたけど、それ以上はなにもなかった。
「ばかばかばか。だいっきらい」
「うん、あたしも自分がキライだな」
梨華ちゃんが顔を上げた。
「梨華ちゃんにこんな顔をさせるあたしは、自分でもキライだよ」
「………ばか」
我ながら、恋とはオソロシイものだと思う。
- 98 ケロンパス 2002/06/19(水) 05:47
梨華ちゃんが玄関のキーをはずす。ドアを開けて先にあがって、後をついてきた
あたしを手招きする。ま、ようするにお泊まりの許可が出たってことだ。
あたしは喜んで靴を脱いで。
「え」
…暗転。
「………………」
バカ、と罵倒する元気も失ってしまったように梨華ちゃんはあたしの横…いやい
や腕の中?うはははは、とにかくすぐそばでぐったりとしている。
「いっしかわさーん?いしかわ、りかさーん?」
唇を寄せて、まるでキスでもするように耳元で囁く。くすぐったそうに身を捩る
しぐさが、またあたしのココロに火をつける。
「…だめ」
やんわりとあたしの腕を押し戻すように梨華ちゃんが腕を伸ばす。ただの抵抗が
なんでこんなに色っぽいんだろ。
「あたしまだ、ちゃんと謝ってもらってないし」
上目遣いにじっとあたしを捕らえてるその目が。耳の奥までじんじんさせる。あ
たしはたまらず抱き寄せた。
「…ごめんなさい」
本気かどうかなんて、この腕の熱さを感じて貰えば絶対にわかるはずだ。
…なるほど、保田さんの言ったとおり。
それを梨華ちゃんに言ったら、また怒られるのがオチだろうな。
- 99 ケロンパス 2002/06/19(水) 05:48
- ウプしてる最中に寝てしまいまいた(爆)
うがあ。
- 100 名無し募集中。。。 2002/06/19(水) 22:12
- ケロンパ━━(^▽^)━( ^▽)━( ^)━( )━( )━(^0 )━(〜^0 )━(0^〜^0)━━━ス!!!!!
急にストップしててちょっとモヤモヤしてたですw
キターイ!キターイ!!
- 101 名無しゆゆたん 2002/06/19(水) 23:27
- ユユ━━━━━━ 从´∀`从 ━━━━━━ !!!!!
ヲレも急に気になるとこでストップしてもやんもやんしてますた。(w
>『犬書いて、犬ー』
ゆゆたん可愛いすぎ。
そしてやっすーのお言葉通りハメて無事
(#´▽`)´〜`0)仲直り。したいしよし萌え。
- 102 ケロンパス 2002/06/20(木) 00:11
- あ、ゴメソ。ここまでだったの。去年書いたの(爆)
つーわけで次回作をお楽しみにーん
- 103 100 2002/06/20(木) 16:12
- >102
おお…失礼しますた・・
次は・・・ヤッスの誕生日?w